ID-S37 すべり軸受材料はどのような背景で進歩したか あらゆる工業材料でそうであるように、すべり軸受材料についてもそれが革新的な発展を遂げるときには、それなりの非常に強い社会的ニーズが存在します。新しい材料の出現をその開発ニーズあるいは背景と共に見ることは、すべり軸受材料がどのように進歩しているかをより詳しく理解するうえで重要なことです。 ここではその材料を必要とした開発ニーズとか背景について詳しく述べることにします。 1)連帯焼結ケルメットの出現 すべり軸受材料の銅鉛合金は、Kelmet氏によって発明されたことにより別名ケルメット合金とも呼ばれ、1924年頃から使用されていました。当初は鋳造法によるソリッドメタルに製造されていたものが、第2次世界大戦前後から急激に発展しました。 当時、航空機、戦車、トラックなどのエンジンでの軸受使用条件が急速に厳しくなったため、それまでのホワイトメタルでは役にたたなくなりました。この様な用途はホワイトメタルでは経験しなかった、はるかに厳しい使用条件でにあったので、当時の材料とかエンジン設計携わる技術者は一時、非常に頭を悩ませたとForresterは述べています1)。この事態を解決したのは、連帯焼結法または連帯鋳造法の開発でした。それは混ざり合わない銅と鉛とを鉛30%まで含む微細な合金組織を、裏打ちされた鉄板とともに、バイメタルストリップとして大量生産が出きるようになったためです。この時点で銅鉛合金は、製造技術も利用技術も最高の開発レベルに達したといえます。 米・英がこのような材料開発を行ったのに対し、ドイツ側では同じ問題に対して、まったく違った対応をしていました。当時のドイツが誇ったDB600というエンジンの失敗です(ドイツでは失敗と見ていないが)。やはりこのエンジンに使われるすべり軸受が、ホワイトメタルでは役にたたなくなり、その対策として、転がり軸受を用いてしまったのです。そしてクランク軸は分割方式となり、そのため十分な性能を引き出すことが出来なかったことです。ドイツの軸受の選択の過ちが、第2次世界大戦の勝敗を決したとはあながち間違いではないと富塚は述べています2)。図1は、現在でもダイムラー・ベンツ自動車博物館に展示されているDB600のカットモデルとそこに使われた組立軸(図2)です。 ![]() 図1 DB600エンジンカットモデル ![]() 図2 DB600エンジンに用いられた組立軸 2)オーバレイ材料の発展 ケルメット合金のその後の発展は、軸受にかかる負荷の増大につれて、耐疲労性を向上させるために、鉛含有量が少なくなった以外に目だったものは見られません。しかし、現在のケルメット合金の使用は、ケルメットのライニングの上にオーバレイメッキを施して用いますが、このオーバレイ材料については目ざましい進歩がみられました。 オーバレイ材料は、ケルメット軸受のなじみ性を持たせるために付けられたもので、本来、軸と軸受とがなじみ面をつくるまでに摩耗してもおかしくないものです。しかし、最近は軸の加工技術や組付精度が大幅に改善され、特に軸の真円度や真直度、表面粗さなどは軸受に対して非常に好ましい状態になりつつあります。また、油中の異物管理なども同様に目ざましく向上しています。 このことがオーバレイの摩耗を大幅に減少させる結果になり、オーバレイの寿命はエンジンの寿命と同じほどのものとなりつつあります。そうなるとオーバレイに要求される機能は初期なじみだけでなく、長寿命化のために耐食性の向上も求められるようになりました。 特にエンジン油のロングドレイン化と高油温化による油の劣化に対して、オーバレイの長寿命化の要求はより強いものとなってきました。対策としてInの添加などの成分の見直しやオーバレイの合金組織の改善が行われました。その結果、相手軸の仕上げ精度や組付精度、潤滑油の異物管理がある程度の水準以上であれば、ほとんど自動車の寿命以上の寿命が期待できるところまでになりました。 特にレース用エンジンに使われるすべり軸受は短時間で勝負が決まるために、ほとんどオーバレイの性能で決まるといっても過言ではありません。 3)鋳鉄軸用すべり軸受の開発 自動車の低コスト化のニーズは非常に強く、その達成の如何によって自動車メーカーの発展を左右しています。 エンジン用クランク軸においても鍛造、焼入を必要としない鋳造軸の採用は、コスト低減効果に非常に大きく寄与するだけでなく、グラファイト粒の体積分だけでも軽量化の効果に大きく寄与しています。しかし、従来のケルメットやアルミ軸受では、鋳造軸のグラファイト粒回りに出来るバリの影響で異常摩耗を起こし、使用を不可能にしていました。そこで、この影響をなくした新しいSi入りアルミ合金軸受材料が開発されました3)。 その原理は、アルミ合金の中に分散するSi粒子に、軸の表面にある突起物(例えばグラファイト粒回りに出来たバリなど)の表面を軽く削る作用(ラッピング作用)を持たせ、相手軸にも早期になじみ面を形成させるようにしたものです。一度軸と軸受表面同志でなじめ面を形成すれば、あとは流体潤滑下での使用となり、長時間の使用に耐えるものとなります。 この開発材料の自動車メーカーの採用による経済効果は、大なるものがあったといえます。 4)その他の材料進歩に関与した背景 歴史的なエポックメーキング程でないにしてもユーザー側でのニーズが強く、新しいすべり軸受材料を開発した例は枚挙にいとまがありません。 ユーザー側で強いニーズとして出てくるのは、大抵の場合、完全流体潤滑下での問題ではなく境界潤滑、または混合潤滑下での問題解決を必要とするもので、例えば運転初期の油が十分に回って来ない内に焼付のを防止することを求められることです。 例えば、家庭用空調に用いられる冷凍機用コンプレッサーに使用されるすべり軸受は、潤滑油としてフロンガスなどの冷媒に溶解させた冷凍機油を使用します。長時間、停止していたコンプレッサーの運転を再開した場合に、軸受部分にまだ十分な油が来ない内に、最近のインバータエアコンの如くいきなり非常な高速回転で回り出すと、軸受はひとたまりもなく焼付く心配があります。その上に冷凍効率をよくするため出来るだけ冷凍機油の含有を少なくする傾向にあり、焼付の心配はさらに増加します。 コンプレッサーメーカーからは、それでも焼付かない軸受が求められ、結局、金属とカーボンとプラスチックからなる複合材料が開発され、問題を解決しました。 そのほかにも設計上、十分な油が供給できないため、材料側から耐焼付性を向上させ解決を求められる例が多く見受けられます。 その解決方法としては先に述べたような微細な硬質物を分散させるとか、プラスチックとの複合材にするとか、または表面処理により軸受表面を硬くするなどが常套的にとられる方法です。 5)これからの材料開発に寄与する新技術、新素材 最近の新素材、新技術の発達は目ざましいものがあり、それらの新しい技術がこれからのすべり軸受材料の発展に大きく寄与する可能性は十分に予測されます。 まず金属材料の超微細組織を得る方法として、メカニカルアロイング法や急冷凝固法などが新しい技術として出てきました。これらは超微細組織を得るのみでなくアモルファス合金を得る方法として注目されています。 すべり軸受材料の合金組織が微細であるほど耐疲労性、耐食性に対し好ましいことはよく知られた事実です。 例えばメカニカルアロイング法で作った銅鉛合金粉を焼結した材料は、従来法で作った焼結材に比較して、鉛相の分布が極端に微細な組織となります。この微細組織の材料で、基礎的な摩擦摩耗特性を調べると、従来材よりも摩耗も少なく摩擦係数も小さい結果を得ています4)。このような材料は、コスト面は別にして、新しいすべり軸受材料となる可能性を秘めています。 また、新しい表面処理技術の発展はすばらしく、従来の電気めっき方法では得られなかったような幅広い材料の選択が可能になりました。 例えば、スパッタ法によりケルメット表面にアルミ合金めっきを行うことが可能となり、この方法によりアルミ合金の耐食性とケルメット合金の耐疲労性を兼ね備えた新しい概念の軸受をつくることが出来ることなどです。 以上の新しい技術を駆使した材料は、一部すでに実用に供されているものの、まだ研究開発部分を残しておりシーズ先行の材料といえる。将来非常に強いニーズが出れば現在先行的に研究されているこれらの材料から新しいすべり軸受材料が出現することになろう。 |
「参考文献」 |
1) | P.G.Forrester:"Modern Materials Vol.4", Academic Press, New York, (1964), 174-241 |
2) | 富塚清:「内燃機関の歴史」、三栄書房昭和59年、P346 |
3) | N.Soda, T.Fukuoka, S.Kamiya and H.Kato:SAE Paper 830308 (1983) |
4) | Y.Tanaka, E.Asada, T.Tomikawa and T.Ohasi:Proc. Japan International Tribology Conf. Nagoya (1990), 701 |
「出典」 |