ID-S26 ポリ−α−オレフィン系合成潤滑油
 
 
 合成潤滑油の中で「PAO」という言葉を耳にされたこともあるかと思います。特長をもった潤滑油なのか以下に説明することとします。
 
 潤滑油・グリースなど潤滑剤の多くは、石油から精製される鉱油がほとんどですが、最近自動車用エンジン油を中心に合成潤滑油の伸びが目立ってきました。
 
 これは、潤滑剤を使用する機器の高性能化による潤滑条件のシビアー化、省エネルギー化、メインテンナスフリー化などの要望から、信頼性の高い高性能な潤滑剤として合成潤滑油が使用されるようになってきたからです。
 
 なかでも、ポリ−α−オレフィン(以下PAOという)と呼ばれる合成炭化水素は鉱油に近い組成ながら、高粘度指数で低流動点を有し、低温から高温まで使用温度領域が広いという特長を持っています。
 
 また、現在鉱油系潤滑油に使用されている添加剤と同様の添加剤で効果を発揮でき、潤滑システムもシール材等の変更なしで使用できることおよび合成潤滑油の中では比較的コストが安いことなどから高級エンジン油を始め各種工業用潤滑剤への展開が盛んに行われています。
 
PAOの特長
 PAOは通常図1に示すような工程で製造されます。エチレン(C22)から製造されるα−オレフィン(1−デセン;C1020)を原料として、重合反応と水素化処理によって製造され、安定性を阻害する不飽和二重結合や硫黄や窒素などの不純物を含まない、均一な分子を有する化学物質です。
 

 
図1 PAOの合成(R:アルキル基)
 
 
 化学的に製造されたPAOの特長は鉱油と比較して以下の特長を有しており、その性状を表1に示しました。
 
表1 PAOと鉱油の比較
項目PAO
(6 cSt @100℃)
鉱油
(150ニュートラル油)
色(ASTM)L0.5L0.5
密度 15℃ g/cm30.8260.865
引火点 ℃238226
粘度 cSt−18℃812
40℃30.530.1
100℃5.855.26
粘度指数136106
流動点 ℃−65.0−15.0
 
 
(1)粘度指数が高く、高温においても厚い油膜の保持が可能。
(2)ワックス分を含まないので、流動点が非常に低く、低温粘度特性が良好なため、内燃機関などの低温始動性や暖気運転時間の短縮が可能。
(3)添加剤の添加効果が高く、熱酸化安定性が良好で、高温での使用、および長寿命化が可能。(図2
 

 
図2 ロータリーポンプ試験における酸化防止剤の効果
 
 
(4)トラクション係数が低く、省エネルギーが可能。(表2
 
表2 トラクション係数と歯車伝達効率
 歯車伝達効率*1トラクション
係数*2
100%負荷200%負荷
SP系ギヤ油(鉱油)75.068.60.018
PAO系80.873.30.012
*1 ウォームギヤ試験機により測定
*2 二円筒式摩擦試験機により測定
 
 
(5)金属腐食やプラスチックに対する影響が少ない。
(6)分子量分布が狭く、高温における蒸発損失が少ない。
 

 
図3 蒸発量の比較(204℃×6.5Hr)
 
 
 このような特長を応用して、エンジン油を始め各種潤滑剤が開発されていますが、以下に工業用潤滑油の例を示します。
 
PAO系ギヤ油
 PAO系ギヤ油は、従来の鉱油系ギヤ油と比較し、高い粘度指数でかつ低温流動性が良好なこと、およびトラクション係数が低いことから、省エネルギーが期待され、更に、寒冷時における起動トラブルの回避にも有効です。
 
 図4はギヤ油の効率測定結果ですがPAO系ギヤ油は特に低温時で、粘度が低い為、3〜4%の効率の上昇が見られました。
 

 
図4 PAO系ギヤ油の省エネ性
 
 
 製鐵所における屋外機器用ギヤ設備は小型タイプが多く、間欠運転が多いことから特に冬場における始動時および効率が問題となります。ある製鐵所においてはこのことから既にPAO系ギヤ油に1000台以上更油し、大きな成果を上げています。
 
PAO系軸受油
 PAO系軸受油は、熱酸化安定性を要求される耐熱軸受油として開発されており、従来の鉱油系の2倍以上の寿命を有しています。
 
 図5に例を示しましたが、粘度増加および全酸化増が低く、熱酸化安定性が良好です。


 
図5 熱酸化安度試験における粘度比の変化
 
 
 このことから、抄紙機などの軸受油として使用され、従来以上の温度領域で寿命延長が可能になりました。
 
PAO系回転式圧縮機油
 回転式圧縮機油は潤滑油の中でも最も酸化安定性が要求されています。特に最近においては、装置の小型化、空冷化、吐出圧力の増大などによりその要求はますます大きくなっています。
 
 PAO系回転式圧縮機油の特長は、酸化安定性が良好なだけでなく、スラッジの生成度合が少なく、また水分離性、消泡性(放気性)がよいことが上げられます。
 
 これらのことから、更油期間の延長およびミストセパレータの目詰りによる自動停止などのスラッジによるトラブルの解消が期待できます。
 
PAO系作動油
 PAO系作動油は、その基油の特性から高粘度指数で低温流動性がよく、更に鉱油系高粘度指数作動油のように、粘度指数向上剤(ポリマー系)を含まない為に、剪断による粘度低下を起こさず、長期間安定した粘度特性を示します。
 
 また、最近の油圧機器の高圧化および小型化により、作動油の温度が上昇する傾向にあります。油圧機器の信頼性を確保するには作動油中のコンタミレベルを管理するとともにコンタミの効率的な除去と内部発生する摩耗粉やスラッジを発生させないことが重要なポイトとなります。
 
 図6はベーンポンプ試験における温度による影響を比較したものであるが、鉱油系が80℃で摩耗量が増大するのに対し、PAO系ではその割合が少なくなっているのがわかります。
 

 
図6 ベーンポンプ耐摩耗テスト結果
 
 
 ある製鉄所においては、油圧モータで走行するキャリアパレットにPAO系作動油を使用しており、これにより、故障低減、オーバーホールの周期延長が試みられています。
 
まとめ
 PAOは、自動車用高級エンジン油として多く利用されていますが、工業用としてはイニシャルコストが鉱油に比較して高いことから普及は少なく、現状では従来の鉱油系潤滑油では対応が難しい所への適用(問題解決型)が多いといえます。
 
 しかしながら、PAOの特性(低流動点、高粘度指数、蒸発特性、低トラクション等)を十分に理解し、積極的に利用すれば、省力化(メインテナンスコストの低減)、省エネルギー化などの効果を発揮し、結果的にトータルコストの削減につながる使用事例が増加しています。
「参考文献」
  1)甘利;潤滑.Vol32. No2(1987)
  2)G.R.JORDAN;Lubrication Engineering Vol39. No8 (1983)
  3)竹本、倉橋、内山;パワーデザイン.Vol28. No7(1990)
  4)清木;トライボロジスト.Vol35. No9(1990)
  5)内山;潤滑通信.No270(1989)

「出典」
潤滑管理Q&A 月刊トライボロジ1991.10 P30-31
 
 

 
Copyright 1999-2003 Japan Lubricating Oil Society. All Rights Reserved.